2026.4.2 NHKラジオで、高校講座の経済学を聞いてましたら。金本位制の話をしてました。金本位制とその歴史背景を調べてみました~。
・NHKラジオで高校講座
事務所で片付けをしながら、無音は淋しいのでラジオでクラシック音楽や浪曲や民謡や歌謡曲を流すときがあります~。
NHKは高校講座を放送していまして、夫が録画して妻に歴史(主に戦国時代)の授業を見せてます。
簿記の講座もあって、レッツ♪ブックキ~ピング♪をたまに見てます。個人事業なのだから事業主貸で処理してよ、とツッコミながら見る時ある。
ラジオでも高校講座があるんだな~と思いながら、ちょうど一番上に出ていた「高校講座 経済学」が面白そうなので聞きましたら、ちょうど金本位制から切り替わる部分の話もありました!
!先週、気になったけど後回しにしてたのソレです!と思い、「ながら」で聞く。番組は20分で、聴き逃しは1週間以内なら聞けます。
・金本位制と為替の粗いまとめ
アウトプットするには忘れが多すぎるので、貨幣博物館のサイトも参照して思い出しながら。(大人はカンニングしていいのです)→ https://www.imes.boj.or.jp/cm/history/content/
金本位制は、ゴールドで裏打ち
金本位制は、通貨の価値がゴールドで裏打ちされていたので、インフレ抑制、国際的為替ルートが安定した、とAIからの返事でした。
(武田信玄時代以後の甲州金は、掘って出てくれば総量が増えてたわけよね。仮想通貨のマイニングだけど、仮想通貨と異なりゴールドは実物があります)
アメリカが大活躍の金本位制
当時(第一次世界大戦)、アメリカは領土が戦場とならなかったこともあり、経済的に頼りにされていた。欧米諸国は金本位制だった。
世界的に金(ゴールド)が足りなくなり、
1929年に世界恐慌、欧米諸国(日本も)だんだん金本位制をやめた。管理通貨制度に。
アメリカのゴールドが沢山、アメリカ国外に流出した、との説明がありました。どの時点だったか、忘れちゃたけど。
金本位制について、野村證券のFin Wingというサイトを参照しました~ → https://www.nomura.co.jp/fin-wing/column/gold-2/
為替レート
ラジオでは為替の話になっていました。
円高、円安、という説明があり、どっちが有利かは立場によりますという説明がありました。
ゴールドで世界共通の価値を測らなくなり、国際間の取引価格算定のためには、価値基準が必要で、市場が決める両国間の通貨価値を為替レートという、のような私の理解です。(ラジオ番組での言い回しは忘れました!)
買いたい人と売りたい人の合意で決まるので、その為替レートが毎日のニュースで流れているんだよ、と番組内で先生が教えていました。
1945年は1ドル360円の固定相場制だったけれども、1973年に変動相場制になった。
日清戦争から不兌換券への変遷を年表に
金本位制があった時代を、備忘で年表形式でまとめてみました。
日本が金本位制を始めたのは1895年、紙幣をゴールドと交換しない不兌換券となったのは1942年です。
1895年(明治28年)、日本は日清戦争で賠償金を準備金として、金本位制にした。
日露戦争(1904-1905)終結、アメリカの仲介でポーツマス条約。日清戦争と異なる戦争賠償金なく、さまざま耐えていたのに見返りがない!と国民の不満が募った。(と、旅行先の自伝で読みました)
1914-1918年、第一次世界大戦。
1918年(大正7年)、大正の米騒動。大戦の好景気により物価高騰でお米も買えないほど高騰。富山県の主婦からスタートし、各地の鉱山でも米騒動が起こり、労働争議に波及、解雇も。
1920年に戦後不況、1923年の関東大震災の震災手形が不良債権化、1927年(昭和2年)に金融恐慌。
1929年アメリカ・ニューヨークの株式大暴落により世界恐慌。第一次世界大戦の戦争特需でアメリカは好景気、ヨーロッパの復興が終わって需要が無くなり供給過多で経済不安から株が売られたそうなのです。
金本位制から各国が離脱。
1931年、日本も金本位制から離脱。満州事変。
1941年、太平洋戦争 開戦。翌年に川崎市では民間の金属特別回収の実施。
1942年、日本銀行法が公布、名実ともに管理通貨制度に。日本の紙幣は金貨に交換しない不兌換券になりました。通貨の発行量は中央銀行が決めるんだって!
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誰かが勝手に印刷できる紙幣の価値ってなんだろうなぁ、の私の疑問には解決に至らなかったです。貨幣の歴史は以前にまとめた気がするけど、何度も学んで理解を深めようと思います!
さて。4月からも、お仕事がんばろう♪