税理士になった日に、戦争について考える。
まだまだこの世は暴力に溢れ、平和とは言えません
リスク回避で戦争、経済政策で戦争、私利私欲で戦争。今日、相続セミナーに参加してきたけど、戦争の種を産んでいるのはお金なんじゃないの。
お金を扱う仕事を今日から事業主として始める。いかに将来的に手元に残るお金が大きくなるか、を納税者の方と一緒に考えていくんだけど、数字だけ見てればいいわけじゃないんだよね。(と、いってもまだ顧客はいない)
失った信用はお金で買い戻せない。歴史が証明している。
中学生で近代現代史を勉強するけど、侵略の歴史はあんまり教えないよね。進学校だと教わるのかな?私は高卒だから分からない。22歳くらいの頃、会席料理店で仲居してたんだけど、その時一緒に働いた中国人・朝鮮族留学生に歴史を教わり、すごくビックリした。
平成13年くらいだったか、貯金をはたいてハルピンへ731部隊の陳列館を見に行ったの。当時は中国に行くには、ビザが必要だったんだよ。値切った。23時の定時勤務終了後、夜行列車で新潟へ。炊飯器を買い込む中国人ばからりの中国のオンボロ飛行機でハルピンへ。
現地でバスに乗り、ツアコンさんのいる市内へ苦労して行ったよ。迷子になっちゃって、国道を延々と一時間くらい歩いた。本当に辿り着けるのかと、日本人はひとめで分かるらしいから攻撃されないかとビクビクしてたよ。道路は広いのに人いないし。中国ってほんとに人口多いの?と思ったもんだよ。
日本語が堪能なツアコンさんは、私を学校の先生と思ってたみたい。731部隊の見学のみを目的に若い女性が一人申し込みなんだから、そう思うよね。普通、オシャレしてブランド品でも見に行くよ。なんで大連に行かないんだ、あの地はキレイなのにと言われた覚えがある。
731部隊の陳列館は、行ってよかった。
中国は日本の統治下におかれて、関東軍は現地の中国人を「マルタ」と呼び、人間扱いしなかった。よくこんなこと思い付くな、というような人体実験が行われていたと陳列館にある。確か、臨月の妊婦さんも犠牲になったとの展示もあり、血の気が引く。
北京では、観光客の目につくところには「貧しさ」を感じさせるものを排除しているみたい。でも、ハルピンは違う。北京から離れてるから、政府の統治が少し緩かったのかもしれない。
道路脇では片手片足がない10歳くらいの少女がひとり、道の真ん中で横たわりもぞもぞと動きながら何かを喚いていた。
中年男性のツアコンさんに、4歳から10歳くらいの少年らがにこにこと話しかけていて、ツアコンは塩対応してた。知り合いですかと聞いたら、いや、物乞いだと。アジアでは、赤ちゃんをレンタルして物乞いしたりすることがあるみたい。
ハルピン旅行はとてもおもしろかった。
韓国のソウル、戦争博物館へも行ったよ。広く立派な博物館で、全然見学時間が足りなかった。日本侵略だけでなく、朝鮮戦争やベトナム戦争で地雷を埋めた話などもあり、もっと学びたかったな。
戦争博物館では、戦争体験室があり、この国は休戦中なだけで戦争は終わっていないということが分かる。かつては戦時訓練もあったようで、戦争体験室では急に銃弾の音が鳴るんだけど、私だけポカンと立ち尽くし、一緒に見学していた韓国人女子高校生はみんな悲鳴を上げながらもかがんで銃弾を避けていた。平和ボケしているのは私だけ。
38度線にも行った。アメリカ軍人と一緒にブッフェを食べて、板門店の、この人工的なラインの異常な雰囲気を感じてきた。
当時の王妃・閔妃(びんひ、ミンビ)が日本軍に殺された李氏朝鮮の王宮・景福宮(けいふくきゅう、キョンボックン)では、日本軍の蛮行を韓国の小学生たちが社会科見学をしてるところへ偶然通りかかり、しばらく温度を感じていた。
他にもあちこち、図書館で借りた「地球の歩き方」を読んで戦争関連の建造物を見て回ったよ。韓国は、行きやすいね。日本語対応が多いし。
当時はまだ、韓国は発展途上な雰囲気があり、ITなんてなかった頃じゃないのかな。貧しさから少しづつ抜け出てきているような雰囲気だったね。電車の中ではホームレス寸前のような煤けた青年が、チラシを配って土下座して何かを求めて、乗客はチラシを使いまわせるようにシートに置いて下車するという独自ルールは、日本では根付かなそう。
韓国旅行はとてもおもしろかった。
当時の私は、日本はすごく恵まれていて、生きることが容易なんだと感じた。今もそう思う。ありがたみが当たり前になって、贅沢になっている。
日本が、負の歴史を積極的に学校で教えないことが良かった。自分で学んで自分で判断できる。日本は加害者であり、被害者である。被害者としての史実は積極的に教えて、加害者としての史実については積極的に教えない。いいんじゃないの。
過去がどうだったか、賠償をどうしたとか、私には分からない。特定の政治家がどうとか、そういうことも思わない。ただ、これから自分が住む国の方針について、私個人がどうしたいか、を考えるきっかけになったことがおもしろい。
人によって意見が違っていて、それもまたおもしろい。自分の意見に固執しちゃうと世界が狭くなる。話を先読みしないように気を付けていこう!
登戸研究所へ行ったとき、ハルピンとソウルのことを書きたいと思った。
29.3.22 税理士になった記念日。
「戦争について考える」への1件のフィードバック
コメントは受け付けていません。