2023.3.2 岩手県の三陸鉄道に乗ってきました~!レポ。
東日本大震災が2011.3.11に起こり、2023年は13回忌を迎えます。私の日記では、「三陸鉄道の乗車レポ」に重点を置きます!
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・盛岡駅から宮古駅へ。リアス号
盛岡駅からJR山田線に乗車!快速リアス号で終点の宮古駅に向かうよ~。盛岡~宮古は一日に6本しかありませんです。乗り遅れたら積みです。(リアス号は、東京方面のビューがよさそう)
JRローカル線の山田線の眺めは最高!こんな山の中に鉄道を通してくれてありがとう、鉄道に乗るだけで十分な観光になるっ。しかし、今回のテーマは三陸鉄道なので割愛。
ちょっとだけ。山田線の風景を載せたい!
もともと鉄道は、都会~都会を結ぶ役割があるので、都会のように駅ごとに町があるわけではありません。といっても、次の駅まで30分走る(快速リアス号は次の駅まで90分という区間があります。最高だよね)区間があるなど・・・・
まって。長くなりそう。三陸鉄道の話しなきゃ!
次は終点の宮古駅です~。
・宮古駅到着!
さて、宮古駅は、JR山田線と三陸鉄道リアス線が通っています~。
宮古駅、町だよ!
宮古駅前~。山田線から来たので、バスが3台もあるとたいへんな都会に思えるわ。
さんりく鉄道ショップがあるので、三陸鉄道の発車時間までちょっと見学しておこう。
つい買っちゃうよね!(確信犯)
エキナカの立ち食いソバで磯ラーメン880円を頂きました。宮古ラーメンはしょうゆ540円。そうめん340円。
磯ラーメン、ホタテの奥行が3センチくらいあった気がする!わかめにめかぶ、エビ、ネギ。都会だと1500円くらいかな?立ち食ってすんません。
・三陸鉄道 宮古駅を出発
謎のおちないニャンコ神社のネコと、サンマくわえるネコ、
謎のウサギ。
ウサギ。なんともいえぬ表情ですわね。クロジカ・・・・黒字化!経営の黒字化を目指す皆様は、ぜひ宮古駅でクロジカをさわさわしましょう。役員報酬を通常並みにして黒字化するのが先よ。
気になる時刻表も写真撮ってきたよ!山田線の宮古駅発の時刻表、お土産です♡
山田線(盛岡~宮古)1日6本の迫力よ。三陸鉄道リアス線も撮ってきたよ。
三陸鉄道リアス線が多く見えるけど、次の電車が90分待ちですが、これだけあると安心感あるね(感覚がマヒしている)
宮古駅(岩手県)から南下すると「釜石・盛」で宮城県方面。宮古駅から北上すると「久慈」(青森県方面)でっす。
14:13発のさかり(盛)行きに乗るので、余裕でさんてつやに寄り、残り13:57から磯ラーメン食べ。超早食いして乗車がギリギリに・・・・。(慌てたよ~)
さて、三陸鉄道、乗車!
JR山田線の乗客はほぼ観光客だったけど、三陸鉄道は住民の交通手段だと感じたわ。学生の利用が多かったな~。若い子ばっかりで、過疎っぽさは感じなかったな。(山田線で慣れすぎ?)
けど、人口減少が激しいとニュースでみたわ。そうかも~。
なんと、4人掛けシートに机がある!普通列車なのに、特急列車ぽいな~。車内のトイレも新しくて広いです。
車窓から、海が見えた~!太平洋かな!
じゃなくて川か・・・・。
陸中山田駅を過ぎると、海に近づいてきます!JR山田線って、このあたりを目指していたから山田線、というらしいです。宮古→釜石が2011.3.11で被災したため、2019に三陸鉄道として経営移管されたらしい。ウィキペディアに書いてあったわ。
(三陸鉄道はもともとJRだからなのか、鉄道開業150年記念パスでは三陸鉄道も乗り放題でした)
津軽石駅到着~。
払川駅到着~。三陸ジオパークだそうです。三陸鉄道では、駅ごとにキャッチフレーズがあるのかな?新たな希望・払川駅、です!
海だ!(今度こそ)
岩手船越駅到着~。本州最東端の駅なんだ。意外です。
偶然に駅名標を撮影したけど、ひとつ前の「織笠」駅は聖地巡礼地だそうです。駅前は普通だけど、なんか有名そうな雰囲気あったよ~。映画「すずめの戸締り」の舞台になったといわれる駅だそうです。(織笠駅の写真はないんです・・・ごめん)
吉里吉里(きりきり)駅到着~。名前が面白いよね。あ、宮古駅にいたニャンコ神社にいた、サンマネコとまた会えた!(シャケかな)
この先のどこの駅だったか、電車同士の待ち合わせがあり(単線なので)。ゴルゴ13の三陸鉄道に遭遇!海にゴミを捨てるなキャンペーン(?)で、ゴルゴ13の作者のさいとうたかを先生とコラボしたようです。奥様が岩手出身のようで、その縁だったとか(花巻市)。
https://www.uminohi.jp/special/sanriku_golgo13_collabo/
恋が浜駅に到着~。名前がカワイイ。
目的地の釜石駅では降りず、終点の盛駅までいきまっす。
・三陸鉄道 盛駅(終点)到着!
ついた~。盛駅、終点です。
三陸鉄道 盛駅と、JR大船渡線(BRTバス) 盛駅があります。
あ、またサンマネコとウサギ発見。(嬉しい)サンマが大きいのか、ネコが小さいのか。
盛駅では、三陸鉄道からJR大船渡線へ乗り換えることができまっす。
JRの運賃表は鉄道なのに、時刻表にはBRTバスって書いてある~。調べたよ~。
・BRTバスについて
JR大船渡線は、BRTです。BRTって、なに?調べてみました。
「BRT」とは、バス・ラピッド・トランジット(Bus Rapid Transit)の略で、連節バス、PTPS(公共車両優先システム)、バス専用道、バスレーン等を組み合わせることで、速達性・定時性の確保や輸送能力の増大が可能となる高次の機能を備えたバスシステムです。
JR東日本HPより 当社のBRTの対応 → https://www.jreast.co.jp/railway/train/brt/system.html
実はBRTの意味がよく分からなかったので、行って見てきました!
これだ!鉄道の路線なのに、バスが走ってるんだわ。バスじゃん?
盛駅から気仙沼駅まで、東日本大震災の被災状況から鉄道復旧に時間がかかりそうなので、バスで仮復旧した、ようなのです。
・BRTは鉄道になるか?(ならないと思う)
盛駅の大船渡線BRTのりばの看板。鉄道の代わりなだけです、なポリシーを感じますが。
線路敷をBRTバス専用の道路にしてみたり、鉄道との接続を考慮したりなど、不便がないように配慮しているみたいです。
利用者が多くて混雑するようなことがあれば別だけど、たぶんそんなことは起こらない・・・・みんな車だし、工夫してやり過ごすものでしょ。
もう、BRTバスでいいや→普通の路線バスでいいや→デマンドバスでいいや、になるのかもね。(住民の皆さんがよければそれでいいけど)
今回、私は盛駅から大船渡駅までBRTバス乗車したかったんだけど、乗り換え接続と投宿時間が遅くなる(暗くて車窓見れないし)ので断念しました・・・
ウウウッ役立たずでごめん(私以外の誰も期待してなかったでしょうけど、ほかの誰でもない、私が私に期待していたのにゴメン)
・釜石駅
盛駅からBRTバス乗車を断念したヌルい私は、三陸鉄道を引き返して釜石駅へ戻ります~。
釜石駅にほど近く、白煙を出す工場が。環境汚染がないように煙突があるのだと思うけど、私は深く考えずに「おお、工場の煙、かっこよい」と眺めました~。
温泉の煙も見に行きたいわ~♪
さて、釜石駅に到着するころには、夕方に。(地方では夕食難民になりやすいけど、釜石駅にはなんと駅前にコンビニがある!なお駅のニューデイズは夕方に閉店します。)
三陸鉄道のラッピング車両も撮影し。(イオンのワンちゃんかわいい)
ゴルゴ13のごみ捨てるな看板を見て。ですよ。
釜石のまちに歴史あり。(製鉄とラグビーのまちらしい。説明雑)
「ようおでんした」こういうの、嬉しいよね。(駅に記念スタンプある)
釜石駅ホームで撮影してたら、駅員さんが「もう乗降客いない」と思われちゃって、、、まぁ鉄道開業150年パスだからよかったけど、キップの方はご留意を。
受験シーズンは合格記念のイベントスペースがありました。合格砂(鉄道ならでは。すべらない砂)、お土産で1ついただきました~。
よく話がスベるから、すべり止めのお守りで。(わたしへ。話をスベらせない努力しよう)
釜石の宿はフォルクローレ三陸釜石です。ツイン・ダブルのお部屋なら、駅側のお部屋らしく、
部屋の窓から駅を見下ろせるんよ!屋上に大浴場(温泉ではない)があるけど、そんなことどうでもいい!時刻表とにらめっこして、風呂など短時間で済ませ鉄道の発着を見るよ!
鉄道の話のついでに、明日はJR釜石線のはまゆり2号で花巻へ向かいます。釜石線は季節よりSL銀河が走るだけあり、眺め素晴らしいよ~。この話はまた今度ね。
三陸鉄道の乗り鉄、楽しかったわ~。ありがとう三陸鉄道!
・災害への備えと努力を考えた
はぁ~三陸鉄道の乗り鉄楽しかったわ~、といっても、震災からの復興・震災への備えをところどころで見ることはありました。
楽しい旅行記風の最後にナンですけど、旅の目的のひとつでもある大事なことなので記録しておきますわ。
悲しい想いになるけれど、この地域が津波で被災したことを忘れちゃいけないことよね。
三陸鉄道の駅のいくつかは高台にあり。
乗車するには階段が大変そうだなと思う事はあった。全部をエレベーターにできないし、高齢者の移動手段として三陸鉄道がベストではない地域はある。デマンドバスを組み合わせるなどの工夫は必要ね。
車窓からの眺めが美しく、とはいっても海からの擁壁(防潮堤)が続くエリアがあって。このための復興税ならば惜しくないと私は思いつつ、何十年も過ぎると「不便だから、部分的にこの壁を無くそう」という運動が出てくるんじゃないかとか・・・。(当初から賛否あったようです。けど、必要だからみんなから税金でお金を集めて作ったんでしょ?)
そのためにも、記憶を風化させない努力をしなければなりませんね。
わたしは、旅先では現地の新聞を購入するのだけど。
岩手日報の記事、1933.3.3に昭和三陸大津波があったようです。一生に二度の津波を経験した方が、語り継いできた教訓についての記事がありました。
私のような都会暮らしは、たまに美しい風景を見るために地方観光をすることが復興になるであろうと思い、出来る限り楽しく・美しい思い出を作るために観光をするでしょ。
けどほんとは、新聞記事にある通り、みんなで被災を覚えていて対策を怠けないように気を付け合わなくちゃならんよね。
古びた建物がないんです。道路や鉄道の線路が、新しいんです。わたしは3.11を経験しているから理由が分かるけど、記憶が風化していくと「なんとも思わなくなる」
楽しかった・きれいだった・また行きたい、でいいんじゃないかと思いたい。つらいもん。けど、備えて防災を怠らないように注意喚起しなくちゃならないよね。
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多分、戦争経験も語り継がないといけないよね。防衛のためにミサイルを持つなら、相手は防衛のために攻撃してくるかもしれない。ロシア・ウクライナがそうだったのでしょ。NATOもちょっと悪いんじゃないか。
日本は、近隣諸国に対してどうするの。過去の経緯と教訓がある。それを踏まえて、どうすれば安全に安心して暮らせるのかの正解が出そうかな。
自然とは共存なので、天災については被害最小化を考えればいい。
人災はどうすればいいのだろう、などと思っておりました。