妻にひかれて善光寺参り

2024.4.26 長野県の善光寺に行ってきました!ゴールデンウイーク。

善光寺に惹かれよう♡体験型のお参りも出来るので、楽しく観光もできます~。

長野県庁で役所メシの後、善光寺まで歩きます~。ゆっくり歩いて街並み観光♪なんか今日は暑いな~。。。

さて、善光寺に来ました~!善光寺HP → 紹介|善光寺 (zenkoji.jp)

仁王門から入場、仲見世通りを通って山門をくぐり。

・山門に上がった

画像は山門の上から仁王門・仲見世通り・宿坊方面を撮りました~。

共通券1200円を買いまして山門の上へ入場。(通常は500円)

すっごい急な階段を上がる・・・・。江戸時代の落書きが残っていました(今は落書き絶対ダメ!文化財への落書きは犯罪です)。

江戸時代に鉄道もないのに西日本からお詣りに来た方がいたと驚き~。(江戸時代中期の寛永3年、1750年に建立)

右手のお地蔵様たちにご挨拶。

・牛にひかれて善光寺

休憩所で善光寺の牛を見学~。

「牛にひかれて善光寺参り」

洗濯をしていたケチなばぁさん。通りがかりの牛が洗濯物(白い布)を持って行ってしまったので「返せ~」と追いかけていくと善光寺に。お参りをしたケチおばぁさんが、心を入れ替えて信心深くなりました、という伝説があるそうです。(牛は小諸の布引観音様、という伝説)

女性がお詣りできない時代があったようですが、善光寺は女性OKだったらしく、それも人気だったのかも。女性が苦労なく旅行できるようになって有難い時代になりました。

・経蔵を回す。グルグル

経典を収めた書庫をくるくると一周回すと、読んだこととみなして功徳を得る、とのことです!すっごい重い・・・・。夫が頑張って回しまして、わたしは便乗。

夫婦で協力して一周しましたわ~。毎日お経を読むなど地道な努力している方と回しただけの自分の功徳が同じなどと思い上がったりしませんが、

よい思い出になりました。楽しかった~♪

さっきの山門入場との共通券1200円利用です~。(通常は300円)

 

ご本尊様の前にベビーカーがありまして、外国人観光客の方が知らずに停めていたものです。西洋に仏像様は珍しいもんねぇ~。すみません、ちょっとずらして~と身振りでお願いし、ご本尊様にお参りをしてみせると、理解してくれたようです。ARIGATO

外に輪廻塔がありまして、こちらはちょっと触れるだけでくるくる回ります。お悩み解消にご利益があるらしい!

どうにもならない悩みでグルグルしちゃうときは、善光寺参りでグルグルしちゃったらいいのかもしれないわね~。

「あっわたし、どうにもならないことでグルグルしちゃってた!」て思うだけでも気持ちが救われるかもしれません。(あるよね)

 

・牛みくじ

縦の糸はあなた~♪ 横の糸はわたし~♪

の曲をもじりまして、

黒の牛はあなた~♪ 白の牛はわたし~♪

買いました、たしか700円。帰宅しておみくじを見たら、同じ小吉!

・善光寺 ご本尊様の歴史

552年、日本最古の仏像としてインド→百済→日本に伝えられたご本尊様だそうです。( ゚Д゚)ご高齢ね。

紹介|善光寺 (zenkoji.jp)

この仏像は、仏教という新しい宗教を受け入れるか否かを巡る崇仏・廃仏論争の最中、廃仏派の物部氏によって難波の堀江へと打ち捨てられました。

当時、外国から来た新興宗教だから、怪しまれますもんねぇ~。善光さんがお連れしたから善光寺、らしいです。

10世紀後半には浄土信仰が盛んになり、善光寺信仰は、鎌倉時代には浸透していたようです。(源頼朝・北条一族の厚い信仰)

その後、武田信玄がご本尊を甲府の甲斐善光寺にてお祀りする→ 信玄が織田・徳川連合軍に負け、織田家徳川家がお祀りする→ 秀吉が京都へお祀りする → 秀吉の死の直前、ご本尊様が枕元にたたれ信州に戻りたい旨のお告げがあり、信州善光寺にお帰りになる

善光寺によると、このような歴史です!

・善光寺 本殿

共通券1200円(通常は600円)で、本殿の更に中へ!

1700年に燃えてしまい、現在の本殿は1707年に信者の皆さんからの寄進2万5000両で建てられました~。現在価値で何億円だろう?

びんずる尊者

びんずる尊者さんをナデナデさせてもらいまして、本殿へと。ひろ~い畳に上がりましてお参り。

お戒壇巡り

お戒壇巡り!行ってきた~。

真っ暗闇を歩くので、最初は怖かったな~。死後の予行練習みたいなものらしいです。(ま、今だって一寸先は闇な状態なんだよ)

以前、善光寺に来た時には錠前が分からなくて。2回目の今回こそ!極楽の錠前に触れるんだ、わたしは!

善光寺本堂の最奥に位置し、御本尊の真下を通る真っ暗な通路です。一寸先も見えない暗闇の中を進み、途中の「極楽の錠前【じょうまえ】」を探って頂きます。この錠前は御本尊と結ばれており、触れることで直接ご縁を結べると言われます。

・・・・。

凹凸はあった、確かに。ほっそい柱みたいなの。あれがドアだったんだなぁ~。あの付近にカギ穴があるのか?

夫「え?ボク初めてだけど分かったし、触れたよ」

わたし2回目なのに錠前は分からなかったわ・・・・。鍵穴みたいなの分からなかった~。しょんぼり。来世はワンちゃんとして生きるか。。。

いやいやいや!3回目の正直でまた行ってくるもんね。

閻魔様の像

戒壇巡りの後、お守りや線香を購入できる場所の脇に、閻魔様の像がありました。

甲斐善光寺にも「地獄とは」といった教えがありました~。

信州善光寺の閻魔様の像の教えがあり、おぼろげな記憶と私の受け止めですが、

死後、7日後・49日後・100日後・1年後(一周忌)・2年後(3回忌)などの節目に閻魔様と個人面談があるようです。そうか~。命日が大事にされているのは、閻魔様との個人面談日の起算日だから?

法事って人それぞれの想いでいいと思うけど、閻魔様の像を見て私が思うに、閻魔様との個人面談みたいなものかもなって。もしかして法事って、家族や友人が「めっちゃいい人でした!天国の待遇を上げてネ」的な心証を良くするための存在なのかしら~などと思いました。

だから、法事はジャストの日よりも先なら良くて、ジャストの日が過ぎてからだと良くない(閻魔面談が終わってるから)なのかな~。

と、実母に言ったところ「・・・フーン」と言われました。反応薄っ(善光寺は無宗派)

*****

・極楽浄土信仰と公益的な精神

わたしは信心深くなりました!

極楽浄土信仰って、いいね。

誰も違うって言えないのもいいね。

今、頑張って報われなくても死後に報われるってのいいね。

戦国時代、消耗されても死後は天国で幸せなら、村のため親のためボスのために死んでもいいやって思っていたのかもしれない。そういう宗教観は私にはなかったけど、強い信仰心があれば家族のため故郷のためお国のために死んでも怖くなかったのかもしれない。

どのみち命令がくれば断れないし、仮に断れば自分も家族もひどい目に遭うなら、自分が犠牲になって貢献して家族に良い思いをさせてあげて、かつ自分は極楽浄土で幸せになるって信じて命令とおりにしたのかもしれないなぁ。

そういう歴史的な背景があると知りましたので、昔の人の行動や時代劇で理解できなかった心情を理解できました!

現代では自分だいじにってばっかりで公益的な精神が失われているように思う。

みんなのためって大事けど、あんまり使い倒されて消耗させられて使い捨てさせられてもね・・・・。ものごとには限度ってものがあるんだ。けど、公益的な精神は大事だと思います!

死後に報われるやもしれぬ、徳を積むんだ、がんばろう、明日も!オーッ

投稿者: 小野寺 美奈

税理士。農業経営アドバイザー試験合格者。認定経営革新等支援機関。相続診断士。FP。 川崎市・東京多摩地方を中心にした、地域密着・現場主義。 税務の記事はご自身で税法を確認されるか個別に有料相談に来てくださいね。