ハンセン病資料館 石碑等

2024.3某日 東京都東村山市にある、ハンセン病資料館に行って来ました。続きです。

今回は、資料館の石碑等の書き起こしです。

・母娘遍路像

 

書き起こしをします。

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ハンセン病回復者の中には、入院前に四国遍路を経験した人が少なくありません。病気を知られず、迫害から家族を守るためには遍路にならざるを得なかったからです。

わずかな路銀を懐に遍路となった病者は、遍路を持て成す<お接待>にその日その日の糧を求め、札所から札所への旅を続けました。

※小野寺註:ここでいうお接待とは、寺社への参拝者に飲食をふるまうこと、のようです

世界に例を見ないこの悲しい風習は、社会的には偏見・差別がいかに人を、非人間的境遇に追いやるものであるか、を示すものでありますが、宗教的には、たとえどんなに肉体がむしばまれ、差別・偏見の下におかれた人であっても、人としての尊厳に変わりはなく、皆救いといって捨てぬ、という弘法大師の広大無辺ご誓願(ちかい)の、今に生きる証なのです。

平成二年、わが国のハンセン病者が辿った苦難の人生を、歴史の事実として世に遺すため、多磨全生園大師講を中心に、「母娘遍路像建立委員会」を結成、同五年十一月全国の人々から寄せられた善意をもとに、この母娘遍路像は建立されました。

空を見上げる二人は、いつか必ず訪れるハンセン病の治る時代の到来を、母娘が共にわが家で暮らせる時代の到来を、じっと目を凝らして見つめているのです。

平成九年四月吉日

・納骨堂建立のことば

資料館の脇にある、納骨堂です。手を合わせてきました。

書き起こしをします。

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納骨堂建立のことば

国立療養所多磨全生園は1909年に浮浪らい患者の隔離収容施設として開設された。

1931年以後は自宅患者をも収容したが、一度収容された者は二度と社会の土を踏むことができず、家族との絆も絶たれ、死後ふるさとに骨を埋めることさえ出来なかった。

1925年、私達の先輩はこの地に納骨堂を建立し、創立以来の物故者の遺骨を納め諸霊を慰めた。

1985年、私たちは納骨堂内部の痛みがひどくなったので、入園者の寄付金によって納骨堂を再建し、3493名の諸霊の遺骨を納めた。我が国の偏見と差別のルーツはこの所にある。私たちは納骨堂墓碑「倶会一処」を題名として、70年の全生園史をあらわし、この一書を諸霊に捧げた。

1986年3月吉日

入園者自治会

・人権の森宣言

この先は居住者専用エリアがあります。

遠くに桜がヒラヒラと舞い、手入れされた小さな花、中くらいの木などありました。遠い昔の話のようですが、実際にここが強制隔離の療養所でした。

石碑の書き起こしをします。

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「いのちとこころの人権の森宣言」

かつてハンセン病は、不治の伝染病とされ、患者は国の強制隔離政策と人々の偏見や差別の中で長く苦しい歴史を歩んできた。

ここ多磨全生園には、故郷を捨てさせられた人々が眠る納骨堂、終生隔離のなかで故郷を偲んだ望郷の丘、苦難の歴史を語り継ぐハンセン病資料館、これらとともに多くの想いがある。

この地を第二の故郷とした人々は、萎えた手足に力を込め、病をおして拓いた土地に、一人一人が想いを込め、一本一本植樹し緑を育てた。

いま、その緑の地は、そこに暮らす人々と東村山市民との百年の交流をとおし、いのちとこころの人権の学びの場となった。

私たち東村山市民は、こころをひとつにし、ここに眠る人々を鎮魂し、この土地と緑と歴史のすべてを「人権の森」として守り、国民共有の財産として未来に受け継ぐことを宣言する。

平成21年9月28日

東京都 東村山市

・ハンセン病資料館への信頼

ハンセン病資料館は、ハンセン病問題の解決の促進に関する法律18条に基づき、正しい知識や名誉回復・差別偏見の解消を目指す目的で存在しています~。

なので、強制的に入所させられたことや作業をさせられたこと、大部屋だったこと、将来を閉ざしてしまったなどの人権問題を取り上げています。

私はこちらの資料館を信頼できると思ったのは、実在する写真を公開していること。売店でタバコを販売している写真、歌舞伎を披露して市民が楽しそうに見ている写真、相撲だったかお祭りだったか、楽しそうに過ごしている写真をきちんと掲載していたので、信頼できるなぁと思いました。

悲惨さを表現したい資料館は、このような入所者が楽しそうな写真を隠しがちだと思います、誤解されてしまうから。

それをしなかったのが、私はよかったと思いました。

・清瀬駅前とバス

ハンセン病資料館は清瀬駅からのバスは本数が多いです。

清瀬駅は令和6年に100周年だそうです。ハンセン病関連施設、結核関連施設など、隔離関連施設が多くありました。

その後、住宅が増え、今の賑やかな駅前になっていったのかな?

帰りは清瀬駅へ戻り帰りました。

投稿者: 小野寺 美奈

税理士。農業経営アドバイザー試験合格者。認定経営革新等支援機関。相続診断士。FP。 川崎市・東京多摩地方を中心にした、地域密着・現場主義。 税務の記事はご自身で税法を確認されるか個別に有料相談に来てくださいね。