2025.10.25(作成日11/9) 茨城県水戸の弘道館に行ってきました~。水戸藩の藩校、武士の学校です。
実際の建物に入れるほか、展示が充実していてイイ!観覧料420円。
・水戸駅でプチ観光で
郡山から水郡線に乗り、茨城県の水戸駅に到着!都会だ~。
まだ時間が早いので、ちょっぴり観光してきます。観光案内所で教えてもらって、弘道館へGO!
(弘道館と関係ないけど、JX金属は、日立鉱山が祖先です。水戸と日立は常磐線で30分くらい)
徳川御三家のひとつ、水戸徳川家があります。(ほかに尾張徳川家、紀伊徳川家がある)
・第9代水戸藩主の徳川斉昭(烈公)
徳川家康の子供、頼房さんが水戸藩の始まり。
第9代水戸藩主の徳川斉昭(なりあき)(烈公れつこう)が、42歳で弘道館を開設(天保12年1841年)したそうです。
江戸時代の終わりころという時代背景、封建制度が崩れつつあり水戸藩は貧乏な状況下、改革的な藩主の烈公さん。
なにかやっちゃって幕府から怒られが生じて藩主をやめされられます。その後、ペリーが来て海防参与、攘夷だ!と言うのでまた幕府から嫌気されて海防参与をクビになるという波乱万丈なその後でした。
徳川斉昭(烈公)の子供が徳川慶喜です。弘道館で勉強したそうです。
・弘道館と偕楽園の関係
天保の改革で烈公が力を入れたのが、藩校の弘道館と偕楽園の造成でした、とパンフレットにあります。
しっかり勉強した後は、花を見て遊んで心身を休め、勉強と休みを相互に補完し合う、という考えだったそうです。なるほどね~。
ちなみに偕楽園は梅園が有名です。私も一回行って「偕楽園前」駅で鉄道に乗りました♡梅は、軍事や飢饉の際の非常食になるから広く植樹したらしいです。
藩校の弘道館は、明治5年の「学制」で閉鎖。建物は一部現存してまして、公開しているので入れました。靴、脱ぎます。
・藩校 弘道館
弘道館は、人材育成を目指して15歳以上の武士の子供が入学できたそうですが、学問テストがあったって!卒業はないとのことでした。40歳を越えても学べたそうです。
多い時には1000人くらいいたそうです。
なんと、弘道館開設に当たり、幕府から5年間、毎年5000両の予算をもってきてた!値切られそうになったけど、持ちこたえたみたいです。す、すごい烈公さん。
授業料無料!
久慈郡太田村(常陸太田市)周辺に5,000石の土地を「学田」に指定し、そこからあがる年貢米が運営費
天保の飢饉があったのに学校ですか、という批判はあったようです。私もそう思ったもん。
・斉昭の農人形
烈公さん、農民に感謝していた美談が残っていました。ご飯を食べる際に、農民に感謝して農人形にてを合わせてからいただいたという。
・・・天保の飢饉の批判対策かもしれないけど、農業への感謝は超大事だと思います。当たり前に思っちゃって忘れがち。いい美談だわ~。好き。
・大日本史
第2代の水戸藩主は、水戸黄門でおなじみ光圀さんです。歴史書を作り始めたそうです。250年かけて、完成した!
初代藩主の子供として生まれ、放蕩息子だった光圀さん、18歳で中国の歴史書「史記」の兄妹が家督を譲り合う内容に感銘を受けて態度を入れ替え、日本にも歴史書が必要!と考えたそうです。へ~。
救民妙薬
光圀さん、小さな農村には薬もないし医者がいないし、貧乏な人は医者にかかれないからと、手に入れやすい薬のレシピを作って僻地の人へ与えたそうなのです。
救民妙薬 元禄6年1693年のことだそうです。立派な~。
どこで見たんだっけな?
・医学館
弘道館は、医学の学校も併設(?)していたみたいです。
流行り病(コレラだったかな?)の研究もしてました。
舶来ものの薬が出回るようになり、江戸の庶民(武士も?)は、国内の薬を捨てるほどで高額な外国品に群がったらしいです・・・。
烈公は、「効果はほとんど変わりないんだから!国内の薬学業界が衰退するから国内のものを買って!」と言った(書いた?)と記録されてました笑
新しいもの・流行りが好きな日本人(≧▽≦)
・弘道館記
弘道館記があり、ボランティアガイドさんが他のお客さんに解説されているところを聞いてきました。なるほどな~(内容をしっかり忘れた)。
(内容を忘れたのに)いいことが書いてあるな~と感動して、勢いで売店の手拭いを買いました♡
弘道とは何ぞ。人能く道を弘むるなり 道とは何ぞ 天地の大経にして 生民の須臾も 離るべからざるものなり 斉昭
※須臾(しゅゆ。ちょっとの間、という意味だそうです)
・・・・まぁ、、、詳細が分からなくても、いつか分かればいいんじゃない。
博物館じゃないので、常設展資料みたいなのはないです。
・弘道館の外も
水戸藩は、幕末に2つの派閥に分かれたそうで、(失脚した斉昭派の天狗党と、幼い新藩主の門閥派に分かれたそう)
弘道館で「弘道館の戦い」が発生し、建物の一部が燃えて無くなってしまった。
弘道館を出た後、裏側(県立図書館側)の八掛堂(弘道館記碑がある建物)、
学生警鐘(時間を知らせる鐘)、
鹿島神社(神儒一致といって、神学と儒教どちらも大切にするの建学精神)でスタンプ押印
など小雨の中を見学してきました。
今日は水戸マラソンと水戸学文化祭のイベントやってました。











