明治7年(1874)の新聞を読む

工場見学でもらった明治7.11.2の読売新聞には、内務省大臣・伊藤博文代理の公布から始まり、地元の出来事などの新聞、天皇陛下のお誕生日とは何かの説話などが書いてある。

1、明治7年てどんな時代?

時代背景ってどんな感じ?ウィキペディアに聞いてみた。

伊藤博文という政治家が、海外旅行をしてきて日本このままじゃやばくね?と政治家仲間と議論が活発になっていた時代。征韓論という思想が出始め、今の議会っておかしくない?という議論が政治家たちで盛り上がり、自由民権運動とか板垣退助とか出てきて、授業中つまらなくて寝てたあたりの時代。

大政奉還で徳川家がいきなり天皇に権力のバトンを渡しちゃって、みんな戸惑ってる頃。

この後、戦争がはじまり、負けて、日本国憲法が外国人によって作られていき、泣いて笑って今がある。

2、布告

内務省 伊藤博文代理より布告(おふれ)があり、漢字ばっかりで読めない。

新聞が訳している。

「公布を見ても分からなかった人もいたみたいだけど、ご皇室の方が通られたら道の端っこに寄って帽子を脱いで、立ちながら頭を下げてね。馬や人力車に乗っている人は、恭しくお辞儀をせよっておふれでございます」

3、新聞

・常吉さんにご褒美

「○○町の酒屋の梶原由松の家の番頭の常吉は、主人の仕事がうまくいかなくなったので、自分は行商をして主人を養い、自分は食べ物を我慢して主人の娘を学校にまで行かせてあげてエライから政府からご褒美をもらった。」

って書いてあるけど、今じゃ考えられないね。主人に贈与税かかるよ。自己犠牲が称えられる時代だったのね。

・夫に仕える妻にご褒美依頼

「○○町の髪結いをしている高田文蔵さんは中風(半身まひ)になって働けなくなっちゃった。妻は近所付き合いもよく慈悲深く申し分のない方で、動けなくなった夫に好物を食べさせたいと針仕事やお洗濯の仕事をして自分は我慢して夫を大事にした。内務省に報告しといたから、きっと褒美が来るよ。」

って書いてある。夫には見せたくない記事だね。こういう女性は絶滅しました。

・安平治さんは生涯独身

「○○村の百姓の総領で安平治さんは、昔から親孝行で、40歳になっても結婚せず親に好物の甘いものを食べさせ自分は寒くても親に厚着をさせ、見合いの話があっても親の気持ちが一番と答えて立派だねと近所でも評判で、お上からご褒美をいただきました。」

って書いてある。今の時代だと、負け組って言われちゃうんだよ。

・ぼったくりあり

「薬・祈祷・呪いは、効果があるなしに関わらず、なんのかんのと名をつけてお金を取る人がいくらでもいて、人を騙して金儲けとは不人情ではありませんか」

って書いてある。オレオレ詐欺も明治からあったのでしょう。

・その他記事

火事がありました、交通事故がありました、野犬に襲われました、10/19~10/25までの横浜駅の蒸汽車の乗客数は34,881人、切符代が8,320円、貨物代が957円で合計で9,277円の売上げです、などの今と変わらない記事あり。

電車代安いね。概算で1人平均23銭だよね。それにしてもSL乗りたい。

3、説話

・皇帝についての説明

「明日は日本皇帝睦仁 陛下のお誕生日でございます。前は将軍家で政治をしていたけど、今は皇帝さまがご自しんでご政治を遊すようになったので、(中略)大祝日はみんな機嫌よく楽しまねばなりません」

当時は、陛下の名前が出ていたのねぇ。

続けて、睦仁という名前の使い方、陛下という単語の使い方、外国には王がいなくて大統領というものが首で政治をすることがあり、この場合は陛下と言いません、など説明してある。

「だんだん分かるようになると思うけど、この国に産まれて皇帝さまのお名前を知らないということは、自分の親の年齢を知らないのと同じだ」と書かれてるけど親の年齢はうろ覚えなので全然ピンと来ない。サバよんでる親はきっとたくさんいる。

まだ明治になって7年なので、天皇誕生日を「ご先祖の法事の日」だと勘違いしている人々も多かったみたいでおもしろい。もしかして日本の宗教観では、誕生日という概念が薄かったのかな?日本仏教では、死亡した日が命日という誕生日になるんでしょう?ちょっと分からない。

・正雄のコラム

自分は江戸で生まれたので、他に国はないと思っていたけど、京都や大阪、長崎へ行くことがあって、こんなに国があるんだって思った。唐という国もあるらしいね?

最近は西洋という国々の人が日本に来て、最初はちょっと気味が悪くて悪口言っちゃってたけど、付き合ってみたら別に悪い人じゃなかった。

考えてみたら、よその国の人はお客様なんだから、失礼をしたらよくないよね。一緒に酒でも飲もう。娘がよその国の人と結婚したら親戚になるんだから、人付き合いは広いに越したことないって思った。

最近は、鉄道やはりがね便り(電報・電話のことらしい)が出来たりして魔法みたいでびっくりして、針金の下を通ると寿命が縮まると本気で信じてたけどそんなことないって最近知った。

考えてみたら、夫婦のなかに子供ができるのも不思議だよね。知らないことでも見たり聞いたり読んだりすれば普通になるから、新聞を読んで周りに褒めらながら利巧になり、おもしろいことをたくさん知りたい。

と、当時の正雄は思ったそうです。正雄はその後、出征したのかしら。たくさん新聞を読めたんだろうか。

4、感想

歴史の教科書では激動の時代で混乱があったんだと思ったけど、なんとも普通な生活だったのかなと思っちゃうね。

夫婦喧嘩も新聞に載るので、犬も食わないケンカはするな、と書いてあったりして個人情報という概念がなく、当時は五人組(ももクロではない)という隣保制度が残っていたかな。

当時の新聞を真似して、今の新聞もなるべく情報量は少なくして暗い話題より明るい話題を増やしてもらいたいところよ。ニュースが暗くて批判や文句ばっかりだと、見ててつまんないもんね~。

143年前へと旅行してきた気分。人生は、旅。

(過去記事)読売新聞 府中工場見学 → https://mina-office.com/2017/04/15/shinnbun/

投稿者: 小野寺 美奈

税理士。農業経営アドバイザー試験合格者。認定経営革新等支援機関。相続診断士。FP。 川崎市・東京多摩地方を中心にした、地域密着・現場主義。 税務の記事はご自身で税法を確認されるか個別に有料相談に来てくださいね。