明治の軍艦島、戦後の池島。炭鉱の変遷

2026.5.14(作成日6.18) 長崎の軍艦島と池島を視察してきました~。

軍艦島ミュージアムで良本を見つけまして、「軍艦島 池島 長崎世界遺産の旅」筑摩書房 1800円+税

明治維新の日本の近代化から時流を学べるし、写真が多いから観光予備知識・記念にもオススメ!

資料を見て、知ったこと・気が付いたこと沢山ありました。

・軍艦島のざっくりデータ(三菱)

軍艦島は長島港から船で40分くらいにあります。高島炭鉱の近くです。

軍艦島ミュージアムHPより「軍艦島とは」も参考にしました→ https://www.gunkanjima-concierge.com/about/

もとは単なる岩礁でしたが、海底炭鉱があると発見して島にした。端島が正式名称ですが、大正時代、見た目からのあだ名が”軍艦島”。作成途中の幻の船、戦艦土佐に見た目が似ていた説があるそうです。

1869年(明治2年)六海商社が端島炭鉱開発着手。1890年(明治23年)に三菱が鍋島さんから10万円で買収し、三菱の経営に。高島の支砿として。

1893年(明治26年)から着工、明治後期には現在の形がほぼ出来ていたみたいです。

巨大団地(1916大正5)、学校、病院、映画館(昭和2年)、遊郭もありました。

1974年(昭和49年)に閉山。無人島になりました。2009年に一般人が上陸できるツアーになりました。

軍艦島は1890年スタートとして1974年まで84年間稼働。

納屋制度あり、友子制度について、軍艦島の労働経験があるという船長にちゃっかり質問してみましたが馴染みがなかったようなので、友子制度は既に廃れていたのだと思います。(村串研究にもありました)

元が岩礁なので、緑がありません。炭鉱があった頃は、小学校の屋上に農園があったそうです。(水漏れしたらしい)

軍艦島の最盛期の人口は約5000人。広さ約2000㎡

・池島のざっくりデータ(三井系)

池島は港から船で

九州最後の炭鉱、三井系の松島炭鉱です。池島の開坑1959として、閉山2001年の42年間の稼働。

もとは地元漁師さんがまったりと暮らしていたそう。

戦後に炭鉱がとれると分かったのか、池島炭鉱となります。

軍艦島とかぶる時代について資料で言及があり、池島開坑の1959(昭和34年)~軍艦島閉山の1974年(昭和49年)

池島にも巨大団地あり。小学校有。マージャン店の看板あり、スナック看板あり、スーパー跡地あり、郵便局現存、共同風呂あり、眠れる施設もかろうじてあり(無くなりそう)。

納屋制度なし。

池島は戦後の最先端技術を導入しての炭鉱なので、悲惨なことないのかも。小さな炭鉱災害はありましたが、被害は少なかったようです。事故を未然に防いだから。

元々が島なので自然があります。山あり緑あり砂浜あり、ネコたくさん。

閉山したのは2001年(平成13年)。炭鉱跡地は、水没させたそうです。

池島炭鉱ツアーの終了は令和9年3月ですが、現在も島民が暮らしているので定期船が毎日出てます。車も入れる。

池島は、最盛期8000人の人口。広さ0.86k㎡。東京ディズニーランドと同じくらい、と資料にあります。

・水の事情

軍艦島は海底水道

軍艦島は、水の確保に苦労したようで、船で水を運んできたそうです。

軍艦島は1957年に日本初の海底水道を作りました。海底を通る!そうすると、軍艦島島民は水をじゃんじゃん使っちゃって、天気が悪い時は水不足になったみたいです笑

他の鉱山の水事情

私は愛媛県の別子銅山を見に行った時、煙害回避で買い取った四阪島でも船で水を運んでいたと知って驚いたけど!

元炭鉱夫の山本作兵衛さんの資料などにも残っていますが、ヤマでは水が不足がちで、遠くまで水を汲みに行き、随分と並んだそうです。

鉱山(炭鉱も含んでいます)は、掘って湧き出る水に苦労したから、水はふんだんにあるかと思ったけど、そうではない地域もあるんだなぁ。掘って出る水は鉱物が入ってるから生活用水に向かないかな。

池島は淡水化施設

池島も最盛期8000人の人口を支える水は不足して、こちらはなんと!発電所(写真が発電所かと思います。1967・昭和42年)の内部に海水を真水に代える施設があったそうです!すごいΣ(・□・;)

・巨大団地

軍艦島の巨大団地

軍艦島は、1974年に無人島になり、今年は2026年だから・・・・52年経過してます。写真は大正5年に鉱員社宅として建てられた30号アパート!

軍艦島の巨大団地は当時は初めてコンクリートの団地を作りました。かなり贅沢な作りだったようです。

鉱山のイメージって、男性一人が来て労災で短命なイメージでしたが、家族持ちが来たんだなぁ~と不思議でした。後から世帯団地を作ったのかも?

池島の巨大団地

池島は緑がある島なので巨大団地は所々ツタに包まれてて。同じ時間が経過しても池島の巨大団地は、軍艦島の巨大団地のような朽ち方はしないのかな。

見てきて外観を写真も撮ったけど、ド迫力!高低差を活用した団地もありました。

資料で団地内部の紹介がありました。明治時代に出来た団地と、昭和に出来た団地です。

・つわものどもが ゆめのあと

殖産産業で人材消耗する悲惨な炭鉱での生活が、

戦後にはハイテクして機械化し、もう人さらいみたいなことしなくても就労希望者が出てきた。労災が減ったから。

やっとたどり着いた人間らしい炭鉱のくらしに行きついた頃、海外と価格競争に負け、石炭は石油にとって代わられニーズが激減しました。

もう儲からなくなったから、事業が継続できなくなっちゃった。

今は株高で、半導体株がめちゃ高くて、なんだかこの株高がずっと続くような明るい未来を思う気持ちになったりして。

けど、誰しもいつか軍艦島みたいになるんだ。悲しみを生んだ黒歴史を解決して辿り着いた炭鉱の理想のような池島での仕事は永遠じゃなかった。

私は思ったこと。いつか終わるかもしれなくても、そのとき一生懸命やろう。夢とも呼べないような目標や楽しみを持ちたい。そして自分の昔を思い返すとき、良かったことをたくさん思い出せるようにするんだ!(わたしへ。いいから早く寝なよ)

つわものどもが ゆめのあと

投稿者: 小野寺 美奈

税理士。農業経営アドバイザー試験合格者。認定経営革新等支援機関。 川崎市・東京多摩地方を中心にした、地域密着・現場主義。 税務の記事はご自身で税法を確認されるか個別に有料相談に来てくださいね。